海外駐在の家族帯同で迷うあなたへ−日本人学校卒業生の【評判と口コミ】−



もし僕に子供ができたなら、僕は子供を海外の日本人学校に通わせたい

 

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☑️この記事がオススメな人
 ・海外駐在に家族を帯同するか悩んでいる人
 ・子供を海外で育てることに不安がある人

☑️この記事の信憑性
 ・海外の日本人学校卒業生による
  リアルな口コミと本音(評判)

☑️この記事を読んだら分かること
 ・日本人学校に子供が通うメリット
 ・日本人学校卒業生の進路

 

どうもこんにちは。タイ駐在員のたくぼく(@takuboku1018)です。

 

今日は日本人学校に通って良かったな~ってお話をします。僕は小学校5年生から中学校1年生にかけてインドネシアのジャカルタ日本人学校に通っていました。

下の記事はジャカルタ日本人学校に限らず、全世界の日本人学校についていえることだと思いますので、海外駐在の家族帯同に迷っている方に是非、是非読んでもらいたいです。

心を込めて書きました。

僕を形成する多くの価値観には思春期に過ごしたインドネシアでの経験が大きく強く刷り込まれています。

良いことか悪いことかはわかりませんが、ただ一つ言えるのは、僕はこの経験にとても感謝しています。

インドネシアで少年時代を過ごしたという過去が、僕はとても好きです。


英語を勉強したいと思えたのも、海外に旅行に行きたいと思えたのも、海外に住んでみたいと思えたのも、この経験が、全ての原点です。

僕の人生を切っても切っても切り離せないこの経験は、僕を語るにはあまりにも重要な出来事で、これを経験しない自分の人生がどうしても想像できない。

僕からインドネシアを切り離したら、自分が自分でなくなってしまうようで恐ろしささえ覚えます。
自分の肌に、脳に、心に、強く、強く、息づいている大切な過去です。

もし僕に子供ができたなら、僕は子供を海外の日本人学校に通わせたい。まあ将来のことなんてどうなるか分かりませんが、24歳の僕はそう思っています。

 

実際の海外駐在の給与や生活事情はこちらから。

 

日本人学校に通ってよかったと思うことがたくさんある

JJS


海外を肌で感じることができる

10代のまだ小さな子供達にとって海外での経験は、今後の人生を生きていく中で大きな影響を与えます。

あまりにも当たり前のことをあまりにもありふれた言葉で表現するしかない自分の語彙力を強く恨むほど、本当に大きな影響を与えます。

2年や3年と言う期間は大人にとっては人生の1/10の時間であっても、子供たちにとっては人生の1/2、1/3を占める時間であり、それはそれは多大な時間です。

少年少女が肌で感じることは強く大きく記憶に残ります。

まだ10歳だった僕はインドネシアに行ってとても多くのことを経験しました。


(1)色んな疑問を持った

JJSのプール

●外国って日本語が通じないの?
●今こっちで7時だから日本では9時、学校が8時からって日本時間で見ればいいの?
●一年中夏なの?雪降らないの?
●ルピアって何?
●インド とインドネシアって違う国なの?
●友達がイスラム教って言ってたけど、イスラム教って何?豚食べちゃダメなの?
●ラマダーンってなんで断食するの?
●インドネシアは日本の植民地だったの?
●なんでインドネシア人は日本人にこんなに優しいの?
●蟻って人の足噛むんだ、痛っ!
●椰子の実ってあんまり美味しくないね
●日本人学校と日本語学校って別なんだ~

当時、まだ日本にいた頃「お前は色々なことに無関心だ」とよく親に怒られていた自分にとって、インドネシアに来てからの毎日は、目にする耳にすること全てが衝撃的で、無関心でいるにはあまりにも難しい、そんな環境で育ちました。

インドネシアに引っ越しすると決まった時こそ、最後まで泣きながら反対していた僕ですが、住めば都、いつしか自分が住んでいた国のことを「日本」と呼ぶようになっていました。

海を超えた他の世界から、自分の母国という場所を、一つの国として捉えるようになっていました。

10歳の僕が、生まれ育った場所のことを「大垣」や「岐阜」と捉えるのではなく、「日本」と認識するようになりました。

小さな僕が、大きな国に目を向けることができるようになったのは、この経験があってこそだと思っています。


(2)初めて海外に友達ができた

JJSのピロティ

初めてできた友達のことを今でも覚えています。

「ファラディ君」というインドネシアのアンニッサ校(小学校)に通う同い年の少年。僕らは互いに相手の言語を知りませんでした。

ただ、学校で習ったまだスペルすら知らない「ハウアーユー?」や「マイネームイズ」を通して僕らは互いを紹介しあった。

ああもっと話せたらいいのになぁ、日本にいた時に、こんなにも強く外国語を習得したいと思ったことなんて、一度もありませんでした。

部活で野球の交流試合をした時もアンニッサ校と戦いました。お互いに会話はできないのに、一つのゲームを通して同じように汗をかけることは、まるで奇跡のようだと、10歳の僕は、10歳なりに感動しました。

今ではファラディ君の連絡先なんて知らないし、会ったのさえあの一日だけだったけれど、10年以上経った今でも覚えている初めてできた外国の友達でした。


(3)インドネシア語に興味を持った

JJSの体育館前

日本人学校には、日本の学校とは違って、現地の言語を勉強する時間が用意されていることが多いです。

ジャカルタ日本人学校にも、例に倣って週に一度インドネシア語の授業が、また週に2回英語の授業がありました。

英語の授業は、日本の学校教育に倣ったものと、もう一つ別にスピーキング中心に勉強する授業がありました。

特にインドネシア語の授業は、修学旅行が近くなると「買い物に必要なインドネシア語」を学ぶプログラムが組まれたりして、必死になって値段交渉の例文を覚えたりしました。

「覚えたものがすぐに使える」という経験は、楽しいものだと知りました。

やんちゃな僕は当時はインドネシア語の悪口ばかり覚えて、セキュリティのおじさんに連呼していたものでしたが、(今思えば本当に申し訳ない)、語学を学ぶ意義にこの歳で気づけたことは、本当に恵まれていたのだと、今になってそう思います。


(4)インドネシアと日本の歴史に興味を持った

JJSのテニスコート

インドネシア語の授業とは別に、総合的な学習の時間で「インドネシアについて学ぶ」というものがありました。僕はそこでインドネシアの歴史を学びました。

インドネシアは、昔はオランダの植民地だったこと。でも、日本がオランダを追い出してくれたこと。その時に日本はヒーローのようだと心から感謝したこと。結局日本はヒーローではなく、またオランダと同じようにインドネシアを植民地として虐げたこと。日本人から毎日木の棒で叩かれて、タダ働きをさせられ、苦しい毎日を送ったこと。

実際に戦争を経験したインドネシア人から生の声をたくさん聞きました。震えました。まだ歴史を知らない僕は、小学生ながらに、申し訳ないと思いました。

でも最後にその人がこう言ったんです。

「私は日本が大好きだ。昔のことはあなたたちには何も関係ないし、今、日本が好きだということに、過去は一切関係ない。君たちもどうかインドネシアを好きになって欲しい」

涙が出そうになりました。

それから、知っているインドネシア人の顔がたくさん浮かびました。車の運転手さん、通学バスのカリヤワンさん、インドネシア語の授業の先生、アパートの1階にいるたまにお菓子をくれるインドネシア人スタッフ。。

なんで皆、日本人にこんなに優しいんだろう」もっともっとインドネシアのことを知りたい、そう思えるようになりました。

そう思えるようになったのは、この地を少し学んだからだと思います。

自分の手の届く範囲に新しいことがありすぎて、短期間で沢山のことを吸収できた、素敵な2年半だったと思います。


将来の選択肢が増える

JJSの50周年記念

子供を日本人学校に通わせるもう一つのメリットは、将来の選択肢が増えることです。

これには、事実の面と意識の面の二つがあります。


(1)【事実の面】帰国子女入試の受験資格が得られる

日本人学校に通って6年生になった頃、クラスの少なくない友達がこぞって日本に帰国するようになりました。「ジュケン」という言葉は、当時の僕には難しく感じられましたが、どうやら中学受験をして有名私立中学に入学をするようでした。

彼らの多くが帰国子女入試枠で、早慶の付属私立や有名中学校に入学をしていきました。日本にいても受験は可能ですが、受験資格の枠を得られるという意味で、一つ選択肢が広がります。


(2)【事実の面】色々な知り合いが日本全国にできる

日本人学校に通う児童は、日本各地からやってきます。日本にいたら自分の出身地域の友達しかできないですが、海外に行けば、TVでしか聞いたことのない「トウキョウ」や「オオサカ」、「ホッカイドウ」や「フクオカ」などなど、たくさんの県の知り合いができました。

まだ中学生だった僕は、インドネシアを去る頃、友達の連絡先を知る術も再会の約束をできる歳でもなかったのですが、海外という繋がりは強いもので、10年以上経った今、どういうわけか当時仲の良かった色んな人の連絡先を手に入れ、たまに一緒にご飯に行ったり、同窓会に行ったりしています。

そこで久しぶりに再会をする人たちの幅が、もう一つの大きなメリットだと僕は思っています。

小学校や中学校でできる友達は、高校や大学でできる友達に比べて、多くの人種がいます。生き方に多くの幅があります。

高校や大学は受験という形で似たような思考を持った人たちが集まってくる分、似たような人生を歩むことが多いですが、小学校や中学校は、ただ同じ地域に生まれた、同じ地域に住んでいた、という共通点だけで繋がっており、後の人生はそれはもう多くの道に広がっています。

大学にはいない「飛行機のパイロットになった」って人や「外資のコンサルで働いてる」って人や「自分で会社を立ち上げた」って人が多くおり、多くの生き方や価値観に触れることができることは、とても勉強になります。

日本でこそ小学校の友人とは疎遠になりがちですが、海外という異国で同じ学校に通った人たちとは、住む場所が違っても繋がりが強くなります。いつどこの誰との再会で、人生がコロッと変わるか分かりませんから、こういった繋がりは大切にしたいものだな、と思います。多くの生き方を示してくれる友人には感謝が尽きません。




(3)【意識の面】人生に「海外」という選択肢が増える

思春期を海外で過ごした少年少女は、良くも悪くも海外に無関心ではなくなります。

海外を好きになるパターンが多いのですが、嫌いになったとしてもそれはそれで一つの学びとして、「知らない」ということよりは大きな収穫だと僕は思っています。

無知より怖いものはないと思っています。

僕は海外が好きになったタチで、人生に「海外」という選択肢が、まるでずっとそこにあったかのように、普通の人たちよりもあまりにも当たり前に、将来を選択する時はいつも頭の隣にありました。

大学3年生の頃、就職活動を行いましたが、その時には「海外で働きたい」という意思がとても強くありました。

建前としてこう語る就活生は数多くいますが、心の底から本当の思いとしてあったのは、日本人学校に通った経験があったからだと思います。

24歳の今、「海外で働きたい」という夢を叶えた僕は、タイで駐在員として働いています。

子供の頃とは違い、海外で働くという使命を抱えてタイにやってきていますが、やはり今でも海外とはいいものだな、とそう思います。

インドネシアやタイを含め、これまで17ヵ国を訪れましたが、もっともっといろんな国を見てみたい、人生に海外をもっともっと取り入れていきたい、と海を渡る度に思います。

別に「海外で働け」とか「海外で働くことがすごい」とかそういうことではなく、一つの意識として、選択肢として増えることは、日本人学校に通うメリットの一つかな、といます。


日本人学校を卒業した私の進路

JJSの正面玄関

[帰国後]
日本人学校での学生生活を終えた僕は、中学1年生の3学期に日本に帰国し、地元の進学校に進学しました。

[大学]
その後、国立大学に進学し、大学で経済学を学ぶ傍、大学に通う留学生の寮の寮長、セブ島語学留学、海外バックパッカーなどを経験し、海外に触れて生きていきたいと改めて強く思うようになりました。

[就活]
就職活動では「グローバルに働ける会社」を就活の軸にして、自分の進路を決定しました。今は総合電機メーカーで財務として働いています。新卒2年目から海外会社のサポートに携わらせてもらえるようになり、新卒3年目で海外駐在のチャンスをいただきました。

[現在]
今はタイに住んでいますが、インドネシアとはまた違った文化・環境に触れることができ、本当に恵まれているな、と思います。今後も常に自分の生活の近くに海外を置いて、もっともっと世界のことを知りたい、そう思っています。


12年後、母校を訪れた話

JJSと僕

日本に帰国してから、いつしか僕は「もう一度ジャカルタ日本人学校に行きたい」という夢を持つようになりました。自分が卒業した高校より大学より、ずっとずっと特別な学校でした。

そんな僕は、24歳になって、念願の夢を叶えました。インドネシアに行き、念願の母校を訪れました。

あの頃と変わらない校舎、あの頃と変わった展示、美味しいナシゴレン、発達した公共交通機関、思い出したインドネシア語。

空気が、人が、言葉が、全てが懐かしく愛しく、戻ってきて良かった、そう思いました。何年経っても色あせることのない僕の思い出はきっと墓場まで一緒なんだろうな、と思います。


最後に

ただいま、JJS!

海外駐在が決まったあなたへ。

行きたくないけど仕方なく赴任する人も、念願の夢が叶った人もいるかもしれませんが、もしあなたに家族がいるのなら、子供がいるのなら、「一緒に海外に行く」という選択肢を一つ考えてみてください。

子供はきっと「行きたくない」と泣き叫びますが、将来きっといい思い出になります。

彼らの意見を最大限に尊重しつつ、海外で生活するというとても恵まれた時間をどう過ごすかしっかり考えて話し合ってみてください。

僕はインドネシアへの転校が決まった時に、当時の担任の先生に言われた言葉を今でも覚えています。

「一生に一度だって飛行機に乗らない人もいる、君は本当に恵まれてるよ」小学校の頃の先生なんてあまり覚えていませんが、この先生だけは顔も名前もはっきりと覚えています。

あまり得意な先生ではありませんでしたが、彼女の発言は心の奥底に刻まれており、海外に行く度にその幸福を再認識させてくれます。

もし僕に子供ができたなら、僕は子供を海外の日本人学校に通わせたい。

そんな出だしでこの記事を書き始めましたが、実のところどうでもいいのです。どうでもいいというより、子供にその思いを押し付けるつもりはなく、ただ一つの選択肢としていつも心に持っておきたい、そんなレベルの感覚です。

ただ日本人学校の素晴らしさを書き殴りたかった、それだけの自己満足の為に連ねた言葉達です。でも、あなたがこの記事をここまで読んでくれたなら、この記事を書いた甲斐があった。

ジャカルタ日本人学校が大好きです。
日本人学校に通って良かった。



まとめ

本ブログでは在住経験をベースにしてタイ観光情報を発信しています。
観光に来られる方、お住いの方にオススメです。

☑️日本人学校に通うメリットは、
  (1)海外を肌で感じられること、
  (2)将来の選択肢が増えること。
☑️日本人学校の人脈は将来の財産。
☑️「知らない」よりも「知る」という経験を。


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ABOUTこの記事をかいた人

名前:たくぼく 1995年生まれ。バンコク在住。TOPIX Core30に勤務。インドネシア、タイに在住経験。海外渡航17カ国。ヒッチハイク6,455km(91台)。TOEIC900を取得した英語の勉強法と国内外の旅情報を発信します。 【趣味】旅行/カメラ/邦ロック 【特技】MAHOUT(ラオス象使い)/タイ古式マッサージ 【座右の銘】雲は天才である -石川啄木-