お金持ちになるな、〇〇持ちになれ



お金持ちになるな、〇〇持ちになれ

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どうもこんにちは。コラム第6回目、人の言葉に感化されやすいたくぼく(@takuboku1018)です。

「夢は知識」僕の好きな言葉だ。


意味は、「人は知っていることにしか夢を持てない」ということだ。年収1億円稼いでいる人がいるという現実を知らなければ、人は年収1億円を稼ぐという夢は持たない。ルーブル美術館を1日中貸切にする人がいるなんて、どれだけの人が知っているのだろうか。


人は知識の数だけ夢を持てる。



ネットワークビジネスに出会った先輩と断った僕


新卒で総合電機メーカーに入社して、僕は何人もの尊敬すべき、尊敬できる先輩に出会った。

1つ上の先輩はスイスの高校を出て、慶應大学を卒業後、イギリスの大学院を卒業しており、新卒3年目でイギリスの現地法人に駐在員として派遣されていった。6ヶ国語を堪能に使い分ける人を僕はまだこの人以外に知らない。

そのまた1つ上の先輩は、高卒で就職し、僕より入社は2年先だが年齢は2個下の人だった。年功序列を大切にする人で、後輩の僕にも「年上ですから」と敬語を使っていた。僕よりも会計の知識に詳しく、いや、同じ課内の中で課長と主任を除けば最も会計の知識に富んだ人だった。



僕はこの人のおかげで、「仕事ができる」ということは「学歴に左右されない」ということを、入社してすぐに学んだ。

高卒のこの先輩のことを僕は親しみを込めてSさんと呼んでいた。Sさんは入社して4年目の夏に、僕にこんな話を持ちかけてきた。

「たくぼくさん、夢ってありますか?」キラキラと輝いた目で質問を投げかける先輩の姿に、「世界1周することです」と答えると、僕らは初めて仕事後にプライベートで食事に行く約束をした。


その夜、先輩は、あるビジネスの話を得たこと、そのビジネスの有用性、彼の夢について僕に語った。そして、僕を「ある人に会わせたい」と言った。これが、人生で初めて年収1億円を稼ぐ人に出会ったきっかけだった。





彼らの話はこうだ。




「一切広告宣伝されていない化粧品のブランドがある。これを口コミだけで世界中に広め、僕らはそのインセンティブを会社から受け取る。化粧品の購入者がこのビジネスの有用性に気づくことがあれば、彼らを引き入れて、さらに商品の認知度を上げる。君が紹介した人が売上をあげれば、さらにその数%の収入をインセンティブとして受け取ることができる。」



それからその商品の実力を顕示する為の様々な実験、実際に稼ぐことができる数々の証明を見せて聞かせてもらった。事実、その人の家はまさに豪邸と呼ぶにふさわしい立派なものであったし、数々の実験結果やメディア掲載実績も、その商品の本物性を物語っていた。



Sさんは、どんどんこのビジネスにのめり込んでいった。幾たびも、高卒で社歴の長い自分が、大卒で社歴の低い後輩よりも給料が低いことに対する不満を僕にぶちまけた。僕のことを悪く言っているのではなく、自分の就職した選択を心底後悔しているようだった。




そんなSさんだから、実力が収入に直結するこのビジネスにハマる理由はよくわかった。Sさんがこのビジネスをやっていることは社内ではたった一人、僕だけが知っていた。「こういうビジネスをよく思わない人が多くいるのは知っていて、社内に広まるのが面倒だから」と語るSさんは、妙に僕にだけに信頼を寄せてくれていた。



やがてSさんはだんだんと会社に来なくなり、その年度末に会社を退職した。結局僕は、新卒で入ったこの会社をやめる勇気がなく、そのまま会社に居残った。



その後Sさんがどうなったのか僕は何も知らない。今ではもうSさんとやり取りをすることはなくなってしまったが、夢を追って会社を辞めたその意志の強さには、やはり敬愛すべきものがあった。僕はSさんと出会って「夢は知識」という言葉を知った。




「海外駐在に推薦したい」と思ってる



実は会社をやめる決断をしなかったもう一つの理由に、海外駐在の話が上がっていたことがあった。海外で働くことが10年以上も前からの夢だった僕は、この夢を捨て切れなかった。



後から聞いた話だが、僕の駐在話では総務と相当揉めたそうだった。「幾ら何でも若すぎる、経験年数が足りずあまりに未熟だ、他の人にしてはどうか」と言う総務に、当時の部長は「こいつじゃなきゃだめだ、今じゃないとダメだ」と熱心に掛け合ってくれたらしい。一度は駐在話が延期となったが、結局その半年後、入社3年目の夏に海外駐在を実現できたのは、この部長の厚すぎる僕への信頼のおかげだった。


初めての駐在先はタイだった。タイに来てからは多くのことを学んだ。

例えば、タイ人の多くは仕事への情熱が低く、また日本と比べて各人の仕事のスキルも低いこと。日本で一番下っ端の自分でも、この国の課長クラスには教えられることが山ほどある。

そして、タイ人の給料が低いことも学んだ。タイ人のスタッフレベルの給与は月あたり20,000THB(≒70,000円)程度である。

僕の給料の5分の1程度の収入だ。



また、夜のお店に勤めるタイ人の女の子たちは大抵が田舎生まれで、お金を求めて上京(タイの場合も上京?)して来ていることが多いことを知った。


「田舎では1日300THB(≒1,050円)程度の給料だから、1ヶ月30日働いても9,000THB(≒31,500円)程度の収入にしかならない。バンコクで働けば、1日700THB(≒2,450円)”も”貰えるから1ヶ月30日働けば、21,000THB(≒73,500円)稼げるんだ♪」と語る女の子に「君の給料は幾らなの?」と聞かれても「忘れちゃったよ」と答えるのが精一杯だった。



「仕事を辞めようと思う」


世の中は不平等だ。


タイ人は仕事ができないと日本人は言うが、仕事ができるタイ人だっている。


僕より仕事ができるタイ人スタッフが「仕事を辞めようと思う」という相談を持ちかけて来た。ネックは給料だという。仕事を変えれば、今の給料が1.5倍になり、ボーナスも3ヶ月から6ヶ月になるという。最近車を買ったんだ、という彼女の給料が月7万円程度だったなんて、僕はこの時初めて知った。


僕は彼女より会計の知識もないし、会社の経験年数も少ないし、仕事のスピードだって遅い。何ひとつ優れていないのに、彼女の何倍もの給料をもらっているなんて、どうしても彼女に知られてはいけないと思った。


世の中は不平等だ。ただ僕が、日本の会社から派遣されて仕事をしに来ている日本人、彼女がタイの会社で仕事をしているタイ人という、たったそれだけの違いで待遇が天と地ほどの違いもある。



「仕事ができる」「できない」に限らず、働く場所の選び方で、給与が大きく変わることを学んだ。


彼女の給料が自分のそれより何倍も低かったことを知った日、毎晩のように残業する僕に、彼女が毎晩のようにお菓子をくれていたことを思い出して、妙にやり切れなくなった。



お金持ちにならないと決めた


入社3年目であまりにも早く海外駐在という夢を達成してしまった僕は、タイで毎日6時出宅〜22時帰宅の日々を繰り返した。繰り返すうちに、自分の自由時間があまりに少ないことを嘆く様になった。


深夜2時、寝る間を惜しんで自由時間を創出していた時、ふと、こんなツイートを見かけた。

「お金なら払うんでガチのコンサルしてください」という依頼が今月3件来たんだけど、めんどくてやってないんだよな。 いや、やってもいいんだよ。でも仮にテックエキスパートみたいに3ヶ月80万くらい取っても、僕の時給で換算すると割りに合わないんだ。すまん。 来年ベルリンで暇になったらやる。」

やまもとりゅうけん/人生逃げ切り😇(@ryukke)2019/11/16 11:23


なぜこのツイートが目に留まったのか、あまりわからない。そういえば、会社を辞めるというタイ人もお金に不満を持っていた。どちらも自分の時間の価値をよく知っているという共通点があった。ただわかったことがあるとすれば、、僕には時間があまりないということだ。



「働く」ということは、「時間を売る」ということだ。人生80年の内、自由のはずだった何万時間を「誰かに捧げる」ということだ。「働く時間」は少なければ少ないほど良い。


人が死ぬ時に後悔することに、こんなことがあるらしい。
「仕事ばかりで趣味に時間を割かなかったこと」「行きたい場所に旅行しなかったこと」「自分のやりたいことをやらなかったこと」



なるほど、「働く時間」は少なければ少ないほど良い。




自分の時間が大切なんだと知ったこの日、僕はお金持ちではなく、時間持ちになることを決めた。




良い人生とは何か



良い人生とは何か。




これまで生きてきた24年間の人生の中で、僕なりに持っているこの問いの答えはこうだ。

「良い人生とは良い言葉に多く出会う人生だ」




海外に来て多くの日本人を見てきた。



できるだけ会社の外につながりを作り、自分の考えが固執しない様に努めた。多くの良い言葉に出会うには、多くの人間に出会うことが近道だと愚直に信じた。




いつどんな時も人との出会いに敏感にいようと努めていて気づいたことがある。会社の人と話す話題は「会社の愚痴、仕事の話、家族の話」ばかりであるのに対し、外の人と話す話題はいつも「将来の話、夢の話、趣味の話」ばかりだった。





会社の上司は「こんな仕事は辞めたい」と語り、外で出会った人は「こんなことをしてみたい」と語る。
良い言葉はいつも、会社の外にあった。


あなたはこんな言葉を聞いたことがあるだろうか。
「あなたの年収はあなたの一番仲のいい友達5人の年収の平均に近しい」
僕はこれは年収に限らないと思っている。物の価値観や人生の生き方、その他諸々全てのことは身近なことに影響を受ける。



過去を嘆く人生より、価値を語る現在を、価値を語る現在より、選択を語る未来の話をしたい。海外で出会う人たちは、好きなことを求めて生きてきた人・嫌いなことから逃げて生きてきた人が多く、どの人も口を揃えて「自分の選択を後悔していない」と語る。なーんだ、そんな生き方があるのか。



夢は知識だ。僕はそっちの道を歩きたい。




これからのこと


今日はバンコクに住む日本人と食事会をしてきた。過去を楽しそうに語るバンコクに住む日本人に「自分に正直に生きて来たんですね」と返した日本人がいた。



人生は思ったより自由なのかもしれない。


いつもよりちょっとだけおしゃれなカフェで食べるリゾットは、自由を楽しんでいる象徴の様で、なんだか恥ずかしく、でもなんだかちょっぴり幸せな味がした。



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ABOUTこの記事をかいた人

名前:たくぼく 1995年生まれ。バンコク在住。TOPIX Core30に勤務。インドネシア、タイに在住経験。海外渡航17カ国。ヒッチハイク6,455km(91台)。TOEIC900を取得した英語の勉強法と国内外の旅情報を発信します。 【趣味】旅行/カメラ/邦ロック 【特技】MAHOUT(ラオス象使い)/タイ古式マッサージ 【座右の銘】雲は天才である -石川啄木-